第5話 少年の瞳


 快晴の五月日和で、眩しい日差しを受けているこの国道で、空冷1200ccの オートバイが重低音を響かせて走り去っていった。そして国道のすぐ横には 穏やかな伊予の海が心地よい波音を発てて人々の心を落ち着かせている。

 この空冷バイクに跨っている彼は、先ほど土佐の国(高知)から境界線を越 えて伊予の国(愛媛)の国に入ったばかりだ。土佐の海は豪快で岩を打ち砕く ような波だったが、伊予の国に入ると穏やかな波に変わり、波の変化を感じ ながら走っていた。

 そしてしばらく海岸線を走ってから、今度は山道へと変化していく。バイク に大荷物を積んで、景色の変化を楽しみながらツーリングをしている彼の姿 はアウトライダーそのものだ!

 彼は国道を山に向かって走り、直線道路から穏やかな右カーブを曲がろう とした瞬間、目の前に黒いランドセルを背負った少年が視界に入った。

 その少年ままだ小さくて小学生でも低学年くらいだろうか?少年はじっと 彼のバイクの走りを見つめている。
 少年の瞳は、学校のテストで100点を取ったか、運動会のかけっこで 一等賞になった時のような喜びが満ち溢れている輝きいっぱいの瞳だった。

 そして彼のバイクが少年とすれ違った瞬間、彼は手を振って少年に笑顔を みせた。そしてバイクが少年を通り過ぎて、10m・20mと離れた頃に、 少年が照れくさそうに小さく手を振っているのをバックミラー越しに見えた。 その時も少年は瞳を輝かしている。
 彼はその後カーブを曲がり、少年は完全に視界から消え去った。

------ 10年後 ------

 桜のつぼみが膨らみ今にも咲きそうな今日この頃、少年は家の庭でバイクの メンテナンスをしている。この少年は、2年前の16歳の時にバイクの免許を 取得した。
 幼い頃から憧れていたオートバイ。そして幼い頃から貯めた貯金を叩いて、 中古の安い400ccバイクを買った。

 雨になると調子が悪くて何回も止まったりする。でもバイクが止まっても なぜか憎めなくて、押しがけをする毎に愛着がわいてくるそんなバイクだった。
 こんなバイクを2年程乗ると、もう乗りこなせる程になっていた。

 少年は高校を卒業したばかりで、卒業後は実家である農家の後継ぎが決まっ ている。彼としては本当は東京に出たかった。しかし家庭の事情もあり、長男 である彼は農家を継ぐことを決意した。

 でもその前に日本一周の旅に出たいと思った。彼の親はよく理解し「何ヶ月 でも気の済むまで行ってきなさい。秋のみかん狩りのシーズン頃には戻って きなさいよ!」と彼に語った。
 そして彼はバイクをしっかりとメンテナンスして、大荷物を抱え近所の人々 に見送られながら400ccのバイクと共に実家を旅だった。

 彼が旅立ってから3ヶ月。今は信州の山奥にある温泉に浸っている。ここは 秘湯と呼ばれて、川に沿った大きな混浴の露天風呂である。

 彼が1人で湯に浸かっていると、40歳くらいの中年夫婦と小学生位の男 の子が1人の3人家族がやってきた。そして父親らしき人と男の子は、服を 脱いで温泉に入ろうとしている。母親らしき人は恥ずかしがってかこの露天 風呂を眺めているだけだった。

 そして父親と男の子が温泉に入ると、男の子の方は泳ぎだして、はしゃい でいた。温泉がぬるめだから子供には入りやすいかもしれない。
 父親の方は、静かに入って彼の方に寄って話し掛けてきた。

 父親:「バイクで来たの。どちらから?」
  彼:「愛媛からです。小さい頃バイクでツーリングしている
     ライダーに手を振られて、それからずっとバイクに憧
     れているんです。今は日本一周しているんですよ。」
 父親:「お〜それは凄い!私も若い頃は1200ccのバイク
     に乗って日本中を散々走り周ったよ。君が羨ましいね・・・。」

 こんな感じで、本人達の気づかない所で10年ぶりの男の再会があった。

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