第４話　ながれだま

　薄日が射す広大な直線道路で空冷４サイクルエンジンのオートバイが北の 大地を駆け抜けていた。彼は気持ち良さそうにゆっくりと直線道路を楽しんで 走っていた。

　そして、その直線道路からカーブにさしかかった所でオートバイは右ウィ ンカーを点滅させて道路脇にある砂利の駐車場に止まった。

　彼は駐車場でバイクのシートを降りて、鳥居を潜り、神社の石段を一歩一 歩登り始めた。
　その石段はいくら登ってもなかなか頂上にたどり着かず、運動不足な彼の 足は徐々に疲れ出してきた。その後しばらく登りようやく頂上付近についた 頃には彼は息をきらしていた。

　そして、目の前に黄色い帽子とビーチサンダルを履いている女性が立って いた。その女性の黄色い帽子を見ると何か旅の匂いを感じさせて、ビーチサ ンダルは近所に煙草でも買いに来たかのようなアンバランス感が妙におもし ろかった。

　彼は、くたびれたような声でその女性に「階段疲れますね」と言うと、 「上の方が景色がいいですよ」と爽やかな声を後に、階段を降りてその場を 去った。

　彼はまだ少し残っている石段を登り、展望台から景色を見ると辺り一面に 海と山々が広がっている。遥か先には本州の最北端「下北半島」が雄大に 見える。
　新鮮な空気を吸い込み、広大な北の大地を満喫する。東京にいた頃のちっ ぽけな自分を忘れさせてくれる。この瞬間の為に生きているんだ！と実感す る彼であった。

　彼は４年間勤務していた会社を辞め、この遥か北の大地に放浪の旅に出た。 ただ思いっきり旅をしたいだけだった。
　今までも１・２週間と決められた間での旅には何度か出ているが、それだ けでは物足りない彼であった。
　バイクのシートに跨ぎ始めた頃から夢に描いた放浪の旅。彼が旅立ち始めて から10日程が過ぎていた。

　彼は下北半島を一望した後、直線道路を戻り国道を南下して行った。その 国道をしばらく走り、今度は「青函トンネル記念碑」に寄り駐車場にバイク を止めた。
　そして「青函トンネル記念碑」を写真に収めようとカメラを持ち出して歩 き出したところ、顔に水を浴びている女性がいた。

　その女性をよく見ると、近くに見覚えのある黄色い帽子が置いてあり、ビ ーチサンダルを履いている。その人は先ほど長い石段の神社にいた女性だっ た。
　そして、その彼女とお互いに写真を撮り合ったり、話をしているうちに途 中まで一緒に旅をする事になった。

　彼女は車で、彼はバイクという変則的な旅を２人は楽しんだ。彼は先頭を 走り、彼女は後ろを走る。彼女は気に入った所があると、彼のバイクを無視 して勝手に止まり彼を少し困らせた。
　２人ともマイペースなのか気に入った所があるとすぐに止まったり するので、なかなか先が進まない。しかしお互いまだまだ先が長いので、 スローモーションな旅が２人には似合っているのかもしれない。

　夜は一緒にキャンプをして、彼はテントを張り彼女は車で寝る。こんな 日々が４日程続いた。しかしお互い一人旅に来たという事で５日目の朝つい に別れる事になった。

　前の晩寝泊りした公園を後に、彼はバイクを走らせ彼女は後ろを走る。 そして交差点が近づくと、彼のバイクはウィンカーを右に点滅させて彼女は 左に点滅させた。
　赤信号の交差点で止まり、彼が彼女に何か話しかけようとした瞬間、 信号は青に変わった。彼は右折しながら軽く手を上げて、彼女は「ピッ！」 とクラクションを鳴らして左に曲がり走り去った。
　彼の目は少し潤んでいたが、彼女の目に涙はない。ただ彼女はバックミラー に映る彼の背中「ながれだま」を見つめていた。
★Bike Data : YAMAHA XJR1200'94 1994.10〜 75,000km
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