第３話　ゼロヨン

　鶯がさえずる頃、芝生の上にはトランペットの演奏をしている３人の男達が いた。そのトランペットから５０ｍ程離れた芝生の上には、鮮やかな赤い400cc のバイクと深緑色のテントが１針張っていた。
　そのテントがゴソゴソと動き始めた。トランペットの演奏で寝ていた彼が 目覚めたようだ。

　彼はテントの外を見回しながら茶色いフィルターの煙草に火をつけ、斜め上 空を見渡すと大きな赤い橋があり、すぐ横を見ると日本一長い立派な千曲川が 流れている。上空は真っ青だ！

　そう彼は昨日の夜バイクで東京を経ち、高崎を経由してこの信州までやって きたのだ。そして千曲川の土手にテントを張り一夜を明かした。

　彼は芝生の上にあぐらをかきながら、昨日買っておいたアンパンと紙パック の牛乳を飲み朝食を食べていた。そして朝食を済ませた後テントをたたみ、荷 物をバイクに積んでエンジンを回した。「キュルル・グォーーン！」今日もエ ンジンは良好だ！

　バイクのエンジンにトランペットの練習をしている彼らは少々驚いたようだ。 驚きでトランペットの音が一瞬止まったことを確認して、ニヤッと笑みを浮か べた彼はヘルメットを被り、アクセルを回して千曲川の土手を後にした。

　千曲川の土手沿いの狭いアスファルトの公道を川沿いに走り、そこからウィ ンカーを右に点滅させて右折した。そこからしばらく走り、信号を右折して国 道18号線に合流した。そしてしばらく走った所で赤信号に当り、停止線の上に 止まった。

　信号で停止して間もなく、バックミラーに黒いバイクが映り、そのバイクが 徐々に大きくなった。そして赤いバイクの真横で停止した。
　その黒いバイクを見ると同じSUZUKIの 400ccで全く同じ車種のバイクだった。 違いと言えば赤と黒の色違いとナンバーが地元ナンバーという違いだけで、 あとは全く同じ車種の同じ年式のネイキッドバイクだった。

　対面側の信号が黄色を点滅した頃、横に並んでいる黒のバイクが２・３回 エンジンを吹かした。どうやらこの黒のバイクに勝負を挑まれたらしい。

　信号が赤から青に変わりスタートのシグナルと同時に２台のバイクはもの凄 い勢いで発進した。赤いバイクの方は少々出遅れたようだ。
　出だしで５ｍ程離されてその後加速していくが、しばらく走ってもその差は 全く変わらぬまま２台のバイクは走っていく。赤いバイクの完敗だった。

　しばらくしてまた２台のバイクが隣り合わせで停止している。他の車が前に いるときは静かに走っている２台だが、信号の先頭で停止している時は違って いた。今度は赤いバイクのほうが、２・３回空吹かしをしている。
　そして信号が青になり、先ほどのように２台のバイクはもの凄い勢いでスタ ートして行く。今度は赤いバイクの快勝だった。

　しばらく２台のバイクは並走して国道18号線を走っていた。そして気がつく と上田市を越えて隣町の東部町に入っていた。赤いバイクのヘルメットから 「しまった！」という声が響いた。

　赤いバイクは、国道18号線沿いのコンビニの前で左ウィンカーを点滅してコ ンビニの駐車場に入った。そして駐車場に入る時にホーンを「ピッ！」と短く 鳴らした。
　そして、ホーンの音に応えるかのように黒いバイクの彼は手を上げ、合図を してから国道18号線をまっすぐ走り去った。

　何と清々しい朝なんだ！言葉を交わさずとも地元のバイク乗りと仲間にな った気分が爽快だった。
　しかしその爽快とは裏腹に彼女の住んでいる上田市を過ぎて、隣の東部町に 来た事を少々後悔していた。いや！もの凄く後悔していると言わなければ怒ら れるかもしれない。８時に彼女の家に行く約束をしていたが、時計の針は８時 半を回っていた。

　やばい！と思いながらも彼はとりあえず煙草に火をつけた。
★Bike Data : SUZUKI Bandit400V'92 1992.10〜1994.10 24,000km
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