第２話　もぐらの９

　日が沈み冷たい北風が舞う夜の阪神高速のP.A では、黒皮の上下を装着して いる彼がHONDA250ccの前で煙を吹かしていた。クリスマスも過ぎ、世間では正 月準備などで忙しいこの時期に、彼は心の傷を癒す為に関西までバイクでやっ て来た。

　東京を出発して今日で３日目の夜を迎えたが、雨に散々降られ、更に今日の 昼間には外人の原付と衝突するという事故を起こして、彼にとって散々なツー リングとなってしまった。
　そして、今現在も時計の針が夜の９時を回っているが、宿が一向に決まらず に、この阪神高速のP.Aで凍えながら12月の夜を立ち往生していた。
　（とにかく風呂に入れて暖かい布団で寝れればどこでもいい・・・。）

　何件目も電話を掛けて、ようやく神戸市のユースホステルに決まり、喜びと ホッとした気分で神戸に向かいバイクを発進させた。

　ユースホステルに到着すると、一泊二食付きで\2,500と何とも嬉しい値段で、 宿の人に「もぐらの９です」と言われて部屋に向かった。
　「もぐらの９？」何だろうと思いながら部屋に歩いていくと「もぐら」とい う部屋があり、部屋の中には二段ベッドがいくつか並んでいた。どうやらもぐ ら部屋の中の９番ベッドが彼の寝所のようだ！

　ユースホステルは、相部屋で格安という仕組みを彼は知らなかったのだ！
　彼は夕食を済ませている為、風呂に入り、その後宿の近くの砂浜を散歩して から宿の部屋に戻った。

　「もぐら」部屋の９番ベッドで寝そべっていると、魔人のように大きな外人 が隣のベッドにやってきて何か話し掛けてきた。しかしその外人は日本語がよ く話せずに、お互いに何かを話しているのだがうまく通じていない。
　そして彼が外人に対して唯一自信のある英語「はう・おーるどあーゆー」は その外人に通じなかった・・・（ショック！）。後で分かったが、彼と同じ 20歳のイギリス人だった。
　そんなこんなで何とか同じ年の異国の者同士が、アクションを取り混ぜて何 とか語り合い、そして眠りについた(Zzz......)。

　翌朝、目覚めると雨が降っている。明日のアルバイトの為に今日中に東京の 家に帰らなければならない。まだ寒い朝８時頃、彼は大荷物を抱えたHONDA250cc のバイクにまたがり、１泊した宿を後に東方に向かってバイクを発進させた。

　西宮I.C から名神高速に乗り、東京を目指して走るがとにかく寒い。雨は強 くなる一方で白い息を吐くとヘルメットのシールドが曇り視界が悪くなる。
　更に時間が経つにつれて、足のつま先や手の指の感覚が無くなり上手くアク セルのコントロールが出来ない。防水用ではないグローブのせいかな？と思い 途中で洗濯用ゴム手袋を買うが効果がないようだ。
　こんな感じで凍えながら名神高速を走るが、途中滋賀県の辺りで雨が雪に変 わり寒さが一層厳しくなった。

　こんな所でバイクに乗っているバカはきっと俺だけだろう。と思いながらも 何とか走っていたが、寒さが増すにつれて急激にバイクのエンジンの吹けが悪 くなった。そして時速30km/h 位で走る事が精一杯になり、左ウィンカーを点滅 させながら路側帯を走っていた。

　更にしばらく走り続けていたが、滋賀県の八日市I.C 近辺でエンジンが止ま った。

　原因はオーバークールのようだ。しかし彼には何も考える余裕などなく、と にかく非常電話に駆込みＪＡＦに助けを求めた。
　しかしＪＡＦの対応は「バイクならI.C まで押して行きなさい！」という冷 たい対応に落胆するが、必死に何回もバイクのエンジンをかけなおしてようや く走り一安心するが、しばらく走ってからまたエンジンが止まった。

　こんな感じでエンジンが止まって・かけなおして・走ってと繰り返していた が、ついに大雪の関が原I.C の700m 手前でエンジンが止まり、この後再びエ ンジンが動くことは無かった。

　雪が降り積もる中、名神高速でバイクが止まり寒さで身体中全身麻痺状態で、 ＪＡＦにも見捨てられた彼は、泣きべそをかきながら、バイクも荷物もヘルメ ットさえも置き去りにして関が原I.C の事務所に駆け込んだ。
　関が原I.C の事務所に入って「寒くてもうダメです！」と言って彼はそのま ま暖かいI.C 事務所のソファーにバタンキューで寝込んだ。

　どのくらいの間寝ていたんだろう・・・。とにかく今はストーブの前で天国 にいるような心地よい気分だった。
　事務所の人の話を聞くと、いきなりI.C の事務所に入ってきて倒れたので、 事務所中が大騒ぎになったようだ。救急車を呼ぼうとしたが、彼が半分寝ぼけ ならがも否定したので、救急車は呼ばずにソファーに寝かせていた。極度の寒 さと、長旅の疲労の為に倒れたようだ。

　しばらく休み身体の方も回復してきた。また彼が寝ている間にI.C の人が バイクを運んできてくれた。
　バイクのエンジンもかかり、身体とバイク共々復活して雪の降りも弱まった。 I.Cの人に高速は危ないからと言われ、今度は一般道路で走るように言われた。
　そして彼は関が原I.C を後にして、一般道路で400km先の東京へ向かい走り 出した。

　こうして東京に着いたのが翌朝の午前４時過ぎだった。神戸を出発したのが 前日の朝８時頃で、雪の中を丸１日かけて東京まで戻ってきた。
　そして東京までもが数年ぶりの大雪だったのには驚いた。
★Bike Data : HONDA CBR250Four'86 1990.10〜1992.10 14,000km
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