第１話　ビックカメラ

　12月も中旬が過ぎ、街で革のコートが群がる頃、アルバイトを終えた彼は 日が沈んだ街中でバイクのキックペダルを踏み込み２サイクルエンジンを始動 させた。「カラカラカラ」と特徴のあるエンジン音を響かせ、人々が賑わう街中で バイクを発進させた。

　彼にとって最近いい事ばかり起こっているのだ。60日間の長〜い免許停止が 終り最近やっとバイクに乗れるようになった事、そして待望の普通免許も取得 した。更に二輪車の免許取得から１年が経ち、二人乗りが出来るという事でワク ワクしていた。

　彼はバイトが終ってこれから家に帰る所だが、ちょっと寄り道をしてバイク を乗り回そう。そんな事を考えながらアクセルを回していた。
　人の賑わう街中の交差点で赤信号の先頭に停止して間もなく、信号は青に変 わりバイクを発進させた。片側三車線の道路で一番左側の車線は駐車車両でいっぱい だった為に、彼は真ん中の車線を走っていた。

　信号を発進した彼は、少し飛ばそうとギアーをローのまま加速して走った。 そして交差点から数十メートル走った所で左車線に駐車していた車両の一台が ウィンカーも出さずに突然目の前に飛び出してきた。そして、その車の右側フ ロントにバイクが真正面から飛び込んで追突した。

　彼は宙を舞っている。その視界からは、悲しくも巨体なバイクがアイスホッケー玉 のように地面を滑っている。そして彼は腰から地面に叩きつけられて、一瞬意識が 無くなった。ある時間の記憶が途切れてしまった。

　意識を取り戻した。彼は必死に近くの車にしがみつき立ち上がろうとしてい るが、腰が痛くて立てない。仕方なく地面に寝そべっていると周りに人が集ま り 100人位の大観衆になった。耳元では「ビック・ビックビック・ビックカメラ♪♪♪」 という音楽が流れる。観衆の中には「あいつ死んでいるよ」という声が飛び交 う。
　ふざけるな！勝手に殺すな！俺は腰が痛くて立てないだけなんだ！と叫びた かったが、彼は地面で倒れて言葉も出なかった。

　しばらくして警察官がやってきて、それから間もなく救急車がやってきて大観衆 に見守られながら救急車で運ばれた。

　彼にとって生まれて初めての救急車。ベッドが少し硬いように思えた。腰は 少し痛いが救急車で運ばれている俺は、この街のヒーローだ？？？ と勘違いしながら、無事病院に運ばれた。

　救急車で運ばれた病院には、偶然にも彼の高校の先生がこれもまたバイクの 事故で入院していた。通院で済んだ彼は、後日先生のお見舞いに行った。

　あいにく怪我の方は全治二週間の打撲で済むがバイクの方は廃車で、この後 彼は事故のショックからバイクに乗ることを断念するが、彼のバイク人生はこ こで終わるわけでは無いのだ。
★Bike Data : SUZUKI RG250Γ'83 1988.12〜1989.12 7,000km
★戻る ★トップページ